コブクロ黒田の出身はどこ?子供時代のエピソードとは??

数々のヒットソングを輩出し続けるコブクロ。

 

コブクロ黒田さんといえば、長身とサングラスが特徴的な方ですね。

 

そんな黒田さんの出身地は一体どこなのでしょうか??

 

今回は、黒田さんの出身地に加え、学生時代のエピソードについてもチェックしていきます!

 

 

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黒田さんのプロフィール

 

 

  • 本名:黒田 俊介(くろだ しゅんすけ)
  • 生年月日:1977年3月18日
  • 出身地:大阪府堺市南区
  • 職業:ミュージシャン,作詞家,作曲家
  • 血液型:O型
  • 愛称:黒ちゃん,ロダー,黒やん

 

 

黒田さんの出身地と小学校時代のエピソード

 

大阪府堺市で生まれ育った黒田さんは、なんと三人兄弟の真ん中

 

三人兄弟の真ん中というと割と自由奔放に育っていくイメージがありますね。

 

小学校は、最初地元の「堺市立晴美台小学校」へ通いますが、

 

その後「堺市立槇塚台小学校」へ転校したそうです。

 

黒田さんは身長193cmと、日本人の平均身長を大きく上回る高身長が特徴的ですが、

 

小学生時代からすでに相当に身長が高かったらしいですよ。

 

クラスで整列するときなんかは常に最後尾だったのではないでしょうか。

 

最後尾って見晴らしがすごくいいんですよねw

 

教室の一番後ろの席みたいな感じです。

 

そして、その高身長故に、黒田さんが小学4年生の時、担任の先生に、

 

「ランドセルを背負ってる姿がドリフみたいだ」

 

と言われたことがきっかけで、次の日から手提げカバンでの登下校が解禁されたそうですw

 

ありましたよね、いかりや長介さんが母親役で、他の四人が小学生役のコント。

 

大の大人が小さなランドセルを無理やり背負ってパツパツな感じがまたウケを誘いました。

 

黒田さんも当時はそのような感じだったのでしょうね。

 

しかし、黒田さんはドリフのメンバーとは違って当時は正真正銘の小学生だったわけですから、

 

いかに身長が高かったのかが想像できますね。

 

 

黒田さんの中学時代の高身長エピソード

 

小学校卒業後は、地元の「堺市立晴美台中学校」へと進学した黒田さん。

 

中学時代においても身長の伸びはとどまるところを知らず、

 

それは中学二年生の時のこと。

 

体育祭の予行練習中に顔色が悪くなったために保健室に連れていかれた黒田さん。

 

その診断結果というのが、

 

「骨格が成長するスピードに臓器が追い付いていない」

 

というものだったそうです。

 

もっとも、保健室でこのような診断ができるはずはないので、

 

ちゃんとした病院での診断なのでしょうが、

 

黒田さん本人としては、単なる体調不良程度だろうと踏んでいたものが、

 

想像以上に事が大きくなってしまい、複雑な気持ちだったのではないでしょうか。

 

発育期といえば、骨格や筋肉の成長スピードの差が原因で膝に痛みや腫れが現れる「オスグット病」が有名ですが、

 

黒田さんの場合には、あまりにも身長の伸びるスピードが早かったため、

 

膝に限らず体の色んなところでトラブルが起こっていたようですね。

 

 

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高校時代の高身長エピソード

 

 

中学を卒業後は、「大阪体育大学浪商高等学校」に進学。

 

当初は幼少期からずっと続けてきた野球をするために野球部へ入部しますが、

 

過酷な練習についていけずに途中で退部してしまったそうです。

 

また、デビュー後のライブイベントでは、高校時代の悲しい過去について告白しています。

 

なんでも、高校時代は自転車通学をしていたそうなのですが、

 

その高身長に似つかないような小さい自転車に乗っていたため、

 

毎日のように警察に呼び止められていたそうですよ。

 

要は、身長と自転車のサイズのバランスがおかしく違和感があったため、

 

警察としては、盗難車に乗っている!と勘ぐったのでしょうね。

 

あの盗難車の取り締まりって本当に鬱陶しいですよね。

 

おまけに急いでいる時に限って呼び止められるので本当にタチが悪い。

 

急いでるんですけど、なんていうと余計に怪しまれるし・・・

 

実際は黒田さんはまったくの潔白だったのですが、

 

これは高身長ならではの悩みと言えそうですね。

 

市販のママチャリなんかは26インチ、大きくても27インチですから、

 

高身長の黒田さんはさぞかし苦労されたと思います。

 

成長期を余すことなく活用して高身長を手に入れた黒田さんですが、

 

一体どこまで伸びるんだと思われていた身長も、

 

高校二年生になった時点でウソのようにピタリと止まったそうで、

 

「去年買った服が今年もまた着られる嬉しさといったらない」

 

とライブイベントで嬉しそうに発言していましたw

 

 

音楽に目覚め、小渕健太郎さんと出会う

 

黒田さんが音楽に目覚めたのは、中学二年生の時のこと。

 

ある日カラオケで歌った尾崎豊さんの「I LOVE YOU」がとても好評だったそうなんです。

 

その後は順調に高校へ進学し、卒業後は「大阪聖徳学園社会体育専門学校」に進学したそうで、

 

ここで体育系の様々なライセンスを取得したそうです。

 

そして、専門学校卒業後は、頑張って取得した数々のライセンスを武器に就職したのかと思いきや、

 

なんと就職はせずに地元堺市でストリートミュージシャンとして路上ライブを行っていたそうです。

 

中学時代の出来事といい、自分の歌声や歌唱力といったものにピンときていたのではないでしょうか。

 

その直感を信じて、ごく普通に就職することよりも夢を追いかけることを選んだのですね。

 

そして路上ライブの末に、当時セールスマンをする傍らで週末に同じく路上ライブを行っていた小渕健太郎さんと出会い意気投合し、

 

「コブクロ」結成に至ったということです。

 

出会いって本当に突然で運命的ですよね。

 

 

おわりに

 

今回は黒田さんの出身地や、子供時代、学生時代のエピソードを中心にチェックしてみました。

 

黒田さんは今でも地元に対する特別な思い入れがあるようで、

 

結成20周年を記念しての路上ライブを行うなど、

 

地元への愛がうかがえますね。

 

20年経った今、コブクロ結成当初とはまた違った景色が見えているのではないでしょうか。

 

地元大阪を原点に、今後とも大きく活躍していってほしいと思います。

 

 

 

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